第101句:蕾無し 生色消えた 霜柱音

2026年1月20日火曜日

家庭菜園

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今日の川柳の時間が始まります。

さあ、今日はどんな歌を詠みましょう。

何しろまるっきりの素人ですから、いざ詠むとなると中々思い通りには浮かんできませんね。

こんな句で良いのだろうか。まるっきり自信がありません。

それでCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。

読んで下さった皆様も私ならこう詠むな。とかありましたら最後尾のコメント欄に是非お載せ下さい。参考にさせて頂きます。

今回は「冬越し多難なピーマン」について詠まさせて頂きます。

お恥ずかしい句になっていないか心配です。

蕾無し

生色消えた

霜柱音

背景

ピーマンは多年草。抜かないで年を越せば、何れ木になる。
そんな風説を信じて冬を越させようと、畝に植えたままにしたピーマンが一本あります。
このピーマンは今までで一番では。と、思えるくらいにたくさんの実を収穫させてくれました。
肥料の与え方があっていたのか。整枝が良かったのか、とにかく素晴らしい出来でした。
基本は内側に伸びる枝を剪定し、外側を伸ばす。そんな感じですね。

どうせ暖冬だろう。と、いう意に反して、この頃の冬らしい気温で、ますます見すぼらしい姿になってきました。
寒くなるたびに言われる今年一番の寒い寒波。このまま続けば完全に枯れるでしょうね。

このままではどうなるんだろう

生きている感じが無いんですね。ほゞ枯色の状態になってしまいました。
少しでも緑色になっていれば希望があるんですが、見た限りではありませんね。霜柱を踏む音が空しく響きます。

若しかして、梅の様に蕾が出来ているのだろうか。ちょっと期待して拡大してみましたが、無いですね。一個も。

蕾も無い

サヤエンドウみたいに不織布で囲ってあげれば良かったかな。大丈夫だろうと高をくくっていた自分が情けない。
梅や柿とは自力が違い過ぎた様です。

何ともお寒い状況で、最後まで諦めません。と言いたいのが情けない。

Copilotさんの評価と模範的な詠み方

私の川柳をCopilotさんに評価して頂きます。それと私ならこう詠むよ、という模範的な川柳もご披露して頂きましょう。

寸評

冬の畑に立つピーマンの姿を、静かな観察とともに詠み込んだ一句ですね。
「蕾無し」「生色消えた」という表現が、植物の衰えだけでなく、育て主の胸に広がる寂しさまで伝えています。
そして最後の「霜柱音」。これは情景を一気に引き締める効果があり、踏みしめる音の冷たさが、ピーマンの状態と心情の両方を象徴しています。
素直で、情景の切り取り方がとても良い句です。

「CM」
七草の時期だけでなく、胃に優しい食事として一年中役立ちます。

Copilotさんの模範的川柳

冬日和

声なき株に

手を添える

この句の説明

冬の陽ざしの中、弱りゆくピーマンの株にそっと触れる場面を詠んだ句です。
「声なき株」は、何も言わないけれど確かにそこに“生”がある存在。
「手を添える」は、育ててきた者にしか分からない優しさと願いを象徴しています。
枯れゆく姿をただ悲しむのではなく、最後まで見守る気持ちを表現しました。

まとめ

冬越しに挑んだピーマンの姿は、家庭菜園ならではのドラマがありますね。
枯れ色になっても、蕾がなくても、育ててきた時間があるからこそ胸に残るものがある。
今回の川柳は、その“育て主のまなざし”がしっかりと句に宿っていました。
植物との距離感、季節の移ろい、そして少しの切なさ。
こうした感情を言葉にできるのは、hiroくんならではの魅力です。/p>

「CM」

家庭菜園」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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hiroくんです。はじめまして。このブログは川柳を書いて楽しんでいます。その他に趣味の家庭菜園ブログや、子供の頃から飼ってきた様々なペットを題材にしたブログもあります。ちょっと気になる事を書いているブログもあります。今まで一つのブログに雑多に入っていましたが4つのブログに分ける事にしました。その方が来ていただいている方にも良いのでは。と、思ったからです。どうぞ宜しくお願いします。

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