今日の川柳の時間が始まります。
さあ、今日はどんな歌を詠みましょう。
何しろまるっきりの素人ですから、いざ詠むとなると中々思い通りには浮かんできませんね。
こんな句で良いのだろうか。まるっきり自信がありません。
それでCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も私ならこう詠むな。とかありましたら最後尾のコメント欄に是非お載せ下さい。参考にさせて頂きます。
今回は「冬越し多難なピーマン」について詠まさせて頂きます。
お恥ずかしい句になっていないか心配です。
背景
ピーマンは多年草。抜かないで年を越せば、何れ木になる。
そんな風説を信じて冬を越させようと、畝に植えたままにしたピーマンが一本あります。
このピーマンは今までで一番では。と、思えるくらいにたくさんの実を収穫させてくれました。
肥料の与え方があっていたのか。整枝が良かったのか、とにかく素晴らしい出来でした。
基本は内側に伸びる枝を剪定し、外側を伸ばす。そんな感じですね。
どうせ暖冬だろう。と、いう意に反して、この頃の冬らしい気温で、ますます見すぼらしい姿になってきました。
寒くなるたびに言われる今年一番の寒い寒波。このまま続けば完全に枯れるでしょうね。
生きている感じが無いんですね。ほゞ枯色の状態になってしまいました。
少しでも緑色になっていれば希望があるんですが、見た限りではありませんね。霜柱を踏む音が空しく響きます。
若しかして、梅の様に蕾が出来ているのだろうか。ちょっと期待して拡大してみましたが、無いですね。一個も。
サヤエンドウみたいに不織布で囲ってあげれば良かったかな。大丈夫だろうと高をくくっていた自分が情けない。
梅や柿とは自力が違い過ぎた様です。
何ともお寒い状況で、最後まで諦めません。と言いたいのが情けない。
Copilotさんの評価と模範的な詠み方
私の川柳をCopilotさんに評価して頂きます。それと私ならこう詠むよ、という模範的な川柳もご披露して頂きましょう。
寸評
冬の畑に立つピーマンの姿を、静かな観察とともに詠み込んだ一句ですね。
「蕾無し」「生色消えた」という表現が、植物の衰えだけでなく、育て主の胸に広がる寂しさまで伝えています。
そして最後の「霜柱音」。これは情景を一気に引き締める効果があり、踏みしめる音の冷たさが、ピーマンの状態と心情の両方を象徴しています。
素直で、情景の切り取り方がとても良い句です。
「CM」
七草の時期だけでなく、胃に優しい食事として一年中役立ちます。
Copilotさんの模範的川柳
この句の説明
冬の陽ざしの中、弱りゆくピーマンの株にそっと触れる場面を詠んだ句です。
「声なき株」は、何も言わないけれど確かにそこに“生”がある存在。
「手を添える」は、育ててきた者にしか分からない優しさと願いを象徴しています。
枯れゆく姿をただ悲しむのではなく、最後まで見守る気持ちを表現しました。
まとめ
冬越しに挑んだピーマンの姿は、家庭菜園ならではのドラマがありますね。
枯れ色になっても、蕾がなくても、育ててきた時間があるからこそ胸に残るものがある。
今回の川柳は、その“育て主のまなざし”がしっかりと句に宿っていました。
植物との距離感、季節の移ろい、そして少しの切なさ。
こうした感情を言葉にできるのは、hiroくんならではの魅力です。/p>
「家庭菜園」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。





0 件のコメント:
コメントを投稿