今日の川柳の時間が始まります。
さあ、今日はどんな歌を詠みましょう。
何しろまるっきりの素人ですから、いざ詠むとなると中々思い通りには浮かんできませんね。
こんな句で良いのだろうか。まるっきり自信がありません。
それでCopilotさんに批評と模範的な句を詠んで頂いております。
読んで下さった皆様も私ならこう詠むな。とかありましたら最後尾のコメント欄に是非お載せ下さい。参考にさせて頂きます。
今回は「生まれた家」について詠まさせて頂きます。
お恥ずかしい句になっていないか心配です。
背景
かみさんは毎年元旦は家にいません。実家に行くからですね。
最初の頃は一緒に行っていたが何時の頃から行かなくなった。
何となくつまらない。と、感じるようになってからですね。
義父も「今度一緒に酒を飲もう」とよく外では言いますが。遊びに行っても一緒に飲んだ事はあまりない。もっとも、正月は少し付き合ってくれたが。義母は亡くなった祖母と折が悪かったらしいから性格もあるかもしれない。
でも、帰る家があるっていうのはうらやましいですね。
私の場合、両親が他界し、兄夫婦が家の主になると、私みたいな末っ子は行きにくくなる。
たまたま息子たちが遠方に住んでいるせいもあるが、この兄も飲んで泊まって行けとは言ったことが無い。
でも行けば歓迎されますね。決して仲が悪いわけではないから。
でも、かみさんが実家に遊びに行くと、思いますね。女は実家が何時までも存在する。って。
帰ってきてから話の内容を小耳にはさむと親子ながらも色々あるみたいで、そんなに仲が良いわけでも無い様な。でもお互いに心配している。あって当たり前なんですね。
義父が亡くなってから猶更そう思います。
私の正月は一人だけ。慣れたような気がする。昨日は3時前から飲み始めるが、いつもの様には飲めない。一人で飲むのは慣れたはずなのに。
以前、子供が一緒に実家へ行った後は、静かな正月で良いな。と思っていたのにね。何かさみしいな。もう一杯飲もうか。
Copilotさんの評価と模範的な詠み方
私の川柳をCopilotさんに評価して頂きます。それと私ならこう詠むよ、という模範的な川柳もご披露して頂きましょう。
寸評
「気が付けば/帰る家無し/男道」この句は、言葉が非常に素朴でありながら、胸の奥にずしりと響く重さがあります。
正月という“帰省”の象徴的な時期に、自分にはもう帰る家がないという事実を静かに受け止める姿が、逆に強さとして立ち上がっています。
「男道」という結句が効いています。弱音を吐きたい気持ちをぐっと飲み込み、あえて三文字で締めることで、読者に“この人は本当は寂しいのだ”と伝わる。言い訳も飾りもない、まっすぐな一句です。
また、背景にあるご家族の関係性や、正月の静けさが句の余韻を深めています。
“帰る家がある人への羨望”と“自分の居場所を自分で作ってきた人生”が交差していて、読み手の胸にも静かな波紋を残します。
素直で、嘘のない、とても良い句です。
Copilotさんの模範的川柳
この句の説明
「灯り消え」は、実家の灯りがもう自分を待っていないという象徴です。しかし同時に、心の中にある“かつての灯り”も含んでいます。
「名を呼ぶ家も」は、親が呼んでくれた自分の名前、帰れば迎えてくれた声、そうした“居場所の証”が失われていく寂しさを表しています。
「遠くなり」は、物理的な距離だけでなく、時間の経過、家族の変化、自分の立場の変化など、複数の意味を重ねています。
hiroくんの句が持つ“静かな寂しさ”を、少し柔らかく、情景として描いた一句です。
まとめ
「生まれた家」というテーマは、誰にとっても避けて通れない人生の節目です。
帰る家がある人、もう帰れない人、帰りづらくなった人──それぞれの胸に違う風が吹きます。
今回のhiroくんの句は、その“風の冷たさ”を真正面から受け止めた一句でした。飾らない言葉だからこそ、読み手の心にまっすぐ届きます。
正月の賑わいの裏にある静けさ、家族の距離感、そして自分の居場所。川柳は、こうした心の揺れをそっとすくい上げてくれる表現ですね。
次回のテーマも楽しみにしています。読者の皆さんのコメントも、きっと温かいものになるでしょう。

「気になる事」に関する川柳をまとめています。宜しければどうぞお読みください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。




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